2009/07/29
「漱石文明論集」 (岩波文庫)
前半は講演の記録で、後半は評論や日記や手紙などの短い文章。読んでみると漱石先生は講演の名手である。内容は文明論というより人間論で、人間精神のあり方や芸術に関する話が多い。漱石の小説にも出てくるような内容だが、小説よりストレートで分かりやすい。語り口は控え目ながら、ユーモアもある。かなり面白い。
漱石は日本の開化=西洋化について深く考えている。日本の開化は外からやってきたもので内的必然性がないから、どうしても上滑りになる。無理をすると神経衰弱になる。実際に漱石はそうなった。西洋が強い以上、開化をやめるわけにもいかない。神経衰弱にならない程度に、なるべく内発的に開化していくしかないという。開化の問題は百年経った今でもグローバル化という名前に変わって存在し続けている。
漱石は日本人の自分が英文学を研究する意味についても悩む。自分のやりたいことが判らず悶々と悩んだ末に、「自己本位」というコンセプトを見出し自らの哲学を構築するに至る。そうやって作家になろうと決めるまでの道程を正直に語る。
この本を読み終えると、実際に講演を聴いたような気になり、漱石先生に親しみが湧いた。ところで僕は'80年に大江健三郎、'95年に村上春樹の講演を聴いたことがある。それぞれ別の友人が切符を取って誘ってくれたのだった。大江氏は難しいことを話し、退屈で寝てしまった。村上さんはサービス精神旺盛で、かなり聴衆を笑わせた。講演の雰囲気に関しては、現代日本の文豪二人のうちで漱石に近いのは村上さんの方である。
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