2012/08/01
「幻影からの脱出 原発危機と東大話法を越えて」 安冨歩
原発事故が起きて大変なことになったときに、役人や学者や経営者や政治家がエラそうに無責任な言葉を垂れ流していたが、彼らの多くが東大関係者であることが明らかになった。彼らに共通する欺瞞的な言葉の使い方を東大話法と名付けて分析しているのが東大教授の安冨さんである。
東大話法と聞いてすぐに僕が思い出したのは、村上春樹「ねじまき鳥クロニクル」の主人公の敵役である東大卒の経済学者綿谷ノボルだ。綿谷ノボルは紛れもなく東大話法の使い手である。主人公の岡田トオルは綿谷ノボルについて「彼は短い時間の間に相手を有効に叩きのめすことができた。(略)しかし注意して彼の意見を聞き、書いたものを読むと、そこには一貫性というものが欠けていることがよくわかった。彼は深い信念に裏づけされた世界観というものを持たなかった。」と語る。
綿谷ノボルは東大話法の規則1「自分の信念ではなく、自分の立場に合わせた思考を採用する」や規則5「どんなにいい加減でつじつまの合わないことでも自信満々で話す」などによく当てはまるキャラクターだ。綿谷ノボルの少年時代にガリ勉を強要した父親は東大卒の高級官僚、母親は高級官僚の娘で、伯父は満州国に関わる陸軍官僚だった。つまり村上春樹は日本の官僚システムが再生産し続ける東大話法の権化みたいな人物を設定して批判的に描いているわけである。安冨教授は同じ問題を、実名と実際の発言を挙げて具体的に例証し、誰の眼にも判りやすいように分析している。
著者は田舎にカネを流すために多くの原発を作った政治構造を田中角栄主義と名付け、田中主義でもその否定の小泉主義でもない新しい政治理念を打ち立てる必要があるという。そのためには、今の世の中のどこがどうおかしいかを考えなくてはならないが、著者の考えでは「世界は発狂している」のである。これはグレゴリー・ベイトソンが言ったことで、具体的には第一次大戦を集結させるベルサイユ条約が欺瞞的であったことが始まりだという。
アメリカを中心とする戦勝国は懲罰的内容を含まない講和案でドイツに降伏を同意させたうえで、徹底的に懲罰的な講和条約を結んだ。その重い賠償に苦しんだドイツにヒトラーが出現する。ヒトラーは子どもの頃に父親から激しい虐待を受け、その復讐心を大人になってから全世界に向けた。
著者の結論は、最も大切なのは子どもの利益を最大限に考えることであるというもの。子どもは我々の社会の将来であり、我々の創造性の源である。そのとおりだと僕も思う。
その他にも日本社会の過去、現在、未来について、いろいろと新しい着眼の指摘があって面白かった。
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